【実話】家の売却でのトラブルの例

 

家の売却の体験者の方の中から、家の売却を進める上でトラブルに発展してしまった例を挙げます。

夫が全く協力してくれず売却がうまく進まなかった

マンションを売る、ということについて夫は何も調べようとしない。全て不動産屋と私任せで、自らリサーチしようとしない。

マンションを売って一戸建てを建てることにしました。一戸建ての土

地探しやハウスメーカーの選定までは主人も熱心にやってくれたのですが、当時住んでいたマンションを売る話になると「なるようになる」という態度でした。

当たりまえですが、マンションが売れなければ、一戸建ての計画も白紙ですので、いい値段で売ることがとても重要でした。

ネットで調べると、少しでも高く売れる為の色々な工夫が書かれていたり、近所のライバルとなりそうなマンションの状況などが調べられるのに、主人は自ら全くそういうことをしませんでした。

仲介業者も本当にやる気あるのか?というような担当者で、私だけが焦っている気がしてなりませんでした。

1カ月経っても内覧希望者が現れない為、とうとう主人にキレてしまい、仲介業者にも現状の報告と対策を考えろと言うように詰め寄ってしまいました。

主人が仲介業者にはっぱをかけ、頻繁にこちらから現状を確認するようになりました。

そこからやっと「チラシを刷りました」とか「HPに載せました」という連絡が来るようになり、ちゃんと動いてもらっている実感が生まれて安心できました。

それからしばらく経って内覧希望者が現れ、無事にその1組で売却が成立しました。

住み替え用の頭金の費用の捻出で夫婦でトラブルになった

35才/会社員/男 妻と一戸建てからマンションへの買い替えの際に頭金をどうするかで揉めました

今から12年前に一戸建てを購入したのですが、やく7年程済みそろそろ一戸建てに飽きてきたのでマンションへの買い替えを考えていました。

当初、一戸建てを買った時は家賃を払うのがもったい無いと思っていたのでそんなにも悩まずにほとんどの即決に近し状態で購入、なので当然だ頭金、引越し費用もほとんどの無い状態だったので結構大変でした。

その経験から妻は次の購入の時は頭金や必要な費用は前もって用意してから買い替えをしたいと言い続けてました。 その中でのマンション買い替え案の浮上だったので当然、大反対でした。

ですが、私としては、今後の事を考えると、資産価値、そして設備、家の中の段差などの事を考えると出来るだけ早くマンションに住み変えるべきだと主張し続けていました。

何度か、話し合い、そして、実際にマンションの内覧会などに行き続けた結果、妻も私の言うていた事がわかって来たらしくマンションへの買い替えを考えるようになっており、最終的には本当にここに住みたいと思ったマンションが出てきたので結局また即決で決めてしまいました。

義理の親と同居するかしないかで親子でもめた

38歳 主婦 女性 夫の両親と

土地の売却が同居するしないに影響するため。

売却でもめた土地と建物は義母の生家です。

そこは誰も住んでおらず空き家の状態が長年 続いていました。名義人は義母です。

私が夫と結婚する時の話では、いずれ私達に子供ができたら夫の実家は私達夫婦に譲りたい、 そして義父母夫婦はこの義母の生家に移り住みたいと言われていました。 ところがいざ結婚すると、義父母は私達夫婦との同居願望が強くなりました。

そして相談 もなく義母は自分の生家を売ることと、夫の実家を同居のために建てなおすことを決意したのです。

義母の生家を売る売らないは本来は名義人である義母が決めればいいことです。

私達はべつに夫の実家がほしいわけでもありません。どこかに自分たちで家を買ってもいいのです。 でも義両親は「義母の実家を売ること」と「夫の実家を建てなおして同居する」ことを全部まとめ て決定していたので対立しました。

義母の土地と建物は私達が何をどう言おうが売却はできますから、すぐに買い手が ついて売却されました。

そして夫の実家で同居するかしないかに話の焦点がしぼられ、私達はいずれ介護が必要 になればと返事をしていましたが、義父母はいずれしてもらえると勝手に同居のための 家を工務店に依頼。

払いきれないローン額となり、結局私達夫婦も払うことになり同居に至りました。

マンションを売るか賃貸に出すかで夫婦でもめた

42歳 男性 会社員 

購入したマンションを転勤を機会に処分するにあたっての手法につて夫婦でもめた

定年後はわたしの関西の実家を建て替えて住むつもりにしていたのですが、関東での勤務が長くなりそうで、会社の社宅も年度も長くなると家賃が上がるので分譲マンションを購入しました。

ところが、3年で地元への転勤が決まり、マンションの処分をどうするか検討することになったのです。

私としては購入時よりも高く売却できると分かった時点で売却をしたかったのですが家内は中長期的な家賃収入を見込みたいがために賃貸にしたいということで意見が対立しました。

わたしは未来にわたっての保証がない以上は売却のほうが安心。

かつ、手続きも毎年行う必要がない点を重視しました。もちろん、1か月か近くかけてしっかり議論したうえで結論を出すことにしました。

最終的には売却することにしました。

手続きが面倒なことと、実際に入居者を中長期的に確保することが誰もその時点では保証できないからという理由です。

購入時よりも高く売却できた時点で非常にメリットがあったと今は考えています。

土地を売却するか否かで実の親子間でもめた

50歳/会社員/男

土地を手放したくない母と売却したい私

三重県志摩市の農地での事ですが、以前は畑として使っておりましたが10年ほど前から畑はやっておらず、ほったらかしている土地ですが私の幼馴染の友人が使わないのなら譲ってほしいと言う話を持ちかけられました。

私としては現在は名古屋市に住んでいて志摩市には時々、帰省するだけなので土地の事はほとんど気にしていないため、友人に自由に使ってもらって構わないので土地を貸す形にして金銭的に余裕が出来たら買い取って欲しいと口約束をしました。

が、母の方は先祖代々からの土地を手放す事に抵抗があるようで反対してきました。

使っていない土地だし将来的にも必要の無い土地だからこの機会に手放した方がいいと説得をしましたが、古い人間なので理解できないようです。

今のところ結論は平行線ですが、友人には土地を貸してそこは畑として復活しております。

おそらく母親が元気な間はこの状態が続くと思われますが、私としてはやはり売却してしまいたいのでいずれは友人に売却してしまおうと考えています。

経営破たんのため土地売却に至り両親がもめた

51歳 主婦 女 父と母ともめた

自営の経営破綻により、借金が返せないので、売却せざるを得なくなりました。

自営で長年、仕事場と家の土地を借りていて、家の土地に借地権が付いていました。

地主の方から相談があり、土地を半分返して、半分譲渡する形になり、思い切って、仕事場兼住居を建てる事になりました。しかし父も老齢だし、今更大きな借金を抱えるのは無謀でした。

その時点で母は反対していましたが、父は今までの借金も返せていたからと豪語。

一国一城の夢を見て独断で決行。家を建てました。

その5年後バブルの崩壊により不況のあおりと、連鎖的に経営難に陥り売却せざるを得なくなりました。

母は家が気に入らなかったけど、売却すれば家を失い、どこに住めばいいのかという不安と、家を失うこと自体にパニックになっていました。この時点で父と母は相当な修羅場でした。

家を失いたくない母と揉めても、借金を返さなくてはならないし、家は銀行の抵当に入っていたので、競売に掛けられました。

幸い買ってくれる方がいたので、銀行との件は片が付きましたが その後は母は父に対する、失望と憎悪で別居に至りました。

戸建ての売却で後悔している

36歳/自営業/男

売却時に一戸建てからマンションの買い替えで当初は検討していました。

なので、初めは購入予定のマンション販売を行っている不動産屋さんに査定をお願いしたところ金額は全く付きませんでした。

なので、自分で近所の不動産会社を回り色々なお話を聞くと、不動産売却には幾つかの種類があり、まずは買取、そして専任媒介という物がある事を知りました。

その、専任媒介と買取の違いを簡単に説明すると、買取は不動産会社の言い値で不動産を買ってもらうのに対して、専任媒介は売り側であるこちらの好きな売値を伝えその値段で不動産を売ってもらう、そして、売れた金額の3%プラス6万円を手数料として不動産屋に支払うということでした。

なので、私の場合は専任媒介でお願いしたところ買取の金額と比べてプラス1000万近い金額で家を売ることができました。

売却時に後悔したこととすればやはり売り時期だったと思います。

初めに売りに出した時期が10月と余り不動産が動かない時期だったので中々家の買い手が見つかりませんでした。

しかも、マンションと買い替えというのもあり、まずは今持っている持ち家の売却が決まらないと、マンションの購入手続きが前に進まなかったという事です。

後は家を買った時の住宅ローンを組んだ銀行の金利手数料のシステムをもっと熟知しておけば良かったと思いました。

なぜならもし、後1年早く家を売却し別の銀行で新たに住宅ローンを組み直し、元の銀行に一括返済をしておけば初めに支払った住宅ローンの金利手数料の返金が大きかったという事を知りました。

その差額は私の借りていた銀行では20万円違っていました。

やはり売却時は前もっての勉強が必要だと痛感しました。